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大阪地方裁判所 昭和58年(モ)6630号 判決

債権者 瑞光鉄工株式会社

右代表者代表取締役 和田満洲男

右訴訟代理人弁護士 永田雅也

同 吉木信昭

債務者 村上稔

右訴訟代理人弁護士 上野勝

同 淺田憲三

同 大西悦子

主文

債権者と債務者間の大阪地方裁判所昭和五八年(ヨ)第二四五八号不動産仮差押申請事件につき、同裁判所が昭和五八年六月二四日した仮差押決定を取消す。

債権者の本件仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

《省略》

理由

一  本件代金債権の存在と債権者の損害

1  本件代金債権の存在

《証拠省略》を総合すれば、債権者と中村機械は、昭和五七年五月一四日ころ、中村機械が債権者製造の本件機械を運賃・調整・試運転費込みで代金一四五五万円、納入期日同年九月一日の約にて買受ける旨の本件売買契約を締結し、債権者は本件機械を同年八月三〇日に引渡したことが一応認められる。

したがって、債権者は本件売買契約に基づき中村機械に対し本件代金債権一四五五万円を取得した。

2  債権者の損害

中村機械は昭和五八年三月一五日高松地方裁判所に破産申立され(同裁判所昭和五八年(フ)第一六号事件として係属)、同年六月二八日午前一〇時に同裁判所より破産宣告を受けたことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、右破産事件に先だって高松地方裁判所に申立てられた中村機械についての会社整理事件において、同裁判所が選任した検査役から中村機械の資産状態等の調査を委嘱された公認会計士二名作成の調査報告書(疎甲第一二号証)によると、中村機械の昭和五七年一一月二二日当時の資産状態は、負債が一九億八三一四万円で、これに充当されるべき資産の価額は四億三六六〇万円となるが、そのうち優先権のない一般債権に充当されるべき資産の価額は二〇〇〇万円程度(労働債務及び一般債務に充当されるべき資産価額九五九一万円から一般先取特権たる労働債権七三一二万円に充当されるべき資産分を控除した後の概算額)にすぎないこと、中村機械は本件代金債権の支払をしないまま破産宣告に至り、本件代金債権は全額破産債権として確定しているが、中村機械の破産宣告による破産財団の内容もほぼ右のとおりであって、財団債権の存在を考慮すると、一般の破産債権たる本件代金債権については破産財団からの配当が見込めないことが一応認められる。

なお、中村機械は債権者より買受けた本件機械を東京施設に転売したので、その転売代金債権について債権者が動産先取特権に基づく物上代位権を有するとのことは、債権者の主張するところであるが、中村機械が東京施設に対し本件機械の売買代金を有することについては確たる証拠はないので(《証拠省略》によれば、東京施設は中村機械に本件機械を含む装置工事について請負わせたことはあるが、中村機械より本件機械を売買により取得したことはないとの立場をとり、中村機械も同様の立場をとっていることが一応認められる)、債権者主張の物上代位権の存在を一応にしろ認めることはできないというほかない。

したがって、本件代金債権は全額回収不能であって、債権者はそのため本件代金債権額一四五五万円に相当する損害を蒙ったものといえる。

二  改正前商法二六六条の三第一項による債務者の責任の存否

1  債務者が昭和五〇年一二月三一日以降昭和五七年一一月まで中村機械の取締役の地位にあったことは当事者間に争いがない。

2  中村機械の粉飾決算と債務者の責任について

(一)  《証拠省略》によれば、中村機械は設立当初の昭和四二年一二月決算期からほぼ毎決算期にわたって欠損を出していたが、中村機械では取引先に対する配慮から欠損の出ていることを隠ぺいし利益が出ているように見せるため、主として未成工事支出金を水増しして資産計上する方法によって架空利益を計上する内容虚偽の決算書類を作成するいわゆる粉飾決算を続け、昭和五三年一〇月から昭和五六年一〇月までの各決算期における粉飾額(「公示利益」の額に「真実の欠損」の額を加算した額)は債権者主張のとおりであって、昭和五三年一〇月期、昭和五四年一〇月期、昭和五五年一〇月期、昭和五六年一〇月期の各決算期における粉飾額はそれぞれ三五七〇万円、八〇〇一万円、一億九八四五万円、一億二五九七万円となることが一応認められる。そして、債権者は債務者が右粉飾決算を共謀し又は承認していた旨主張するが、《証拠省略》によれば、右のように粉飾した決算書類は中村機械の代表取締役又は決算書類の作成権限を有する取締役によって中村機械の業務執行の一環として作成されたものと窺われるものの債務者が右粉飾にかかる決算書類の作成を他の取締役と共謀した事実も、右粉飾にかかる決算書類を承認した事実も、疎明するに足りる証拠はない。もっとも、前出疎甲第一二号証には「粉飾決算を取締役、監査役は正確妥当なものと認め総会の承認可決を得て来た。(証6)」との記載が存在する。しかし、同号証は中村機械の会社整理の申立に伴う検査役に対する公認会計士の報告をその内容とするものであるが、右のように判断した根拠として引用している(証6)ではないかと考えられる疎甲第一三号証(「第一七回定時株主総会議事録」)には、なるほど、昭和五七年一月二六日開催された中村機械の第一七回株主総会において、議長が昭和五五年一一月一日から昭和五六年一〇月三一日までの間の営業状況を詳細に説明し、営業報告書等の決算書類の承認を求め、監査役は右決算書類がいずれも正確妥当であることを認めた旨の報告した旨の記載があって、債務者が右株主総会に出席した取締役の一人としてその議事録に記名押印した体裁となっているのであるが、右疎甲第一三号証の債務者作成部分の成立の真正を認むべき証拠はなく、他に右のように判断した根拠について何の記載もないので、右疎甲第一二号証は債権者の右主張を疎明するに十分ではないし、かえって、《証拠省略》によれば、債務者は昭和五〇年一二月に中村機械の取締役に就任して以来一度として取締役会及び株主総会に出席したことはなく、又、中村機械の決算に関与したことも全くなかったことが一応認められるので、債権者の右主張は債権者に関しては採用し難い。

つぎに、債権者は、債務者において株式会社では少くとも第一回決算書類が作成され、右取締役がそれに関わることを十分知悉しながら中村機械の決算に全く関与しなかったのは、債務者が他の取締役が自己の名によって決算書類を作成することにつき黙示の承認を与えていたものというべきである旨主張する。しかし、株式会社において決算書類を作成する権限と義務を有する取締役は代表取締役(又はそのための権限を与えられている業務担当取締役)であって、その他の取締役には決算書類を作成する権限も義務もないと解すべきであるので、債務者が中村機械の代表取締役又は右業務担当取締役であったとする証拠のない本件においては、債権者の右主張はその前提を欠き採用できない。

したがって、中村機械の粉飾決算を理由にして、債務者に対し改正前商法二六六条の三第一項後段による責任を問うことはできない。

(三)  債権者は、債務者が中村機械の粉飾決算を放置してこれを阻止しなかったのは取締役としての任務を重過失により尽くさなかったものであるから、その故に損害賠償責任を負う旨主張する。

(1) 中村機械においてその設立当初の昭和四三年一二月決算期から昭和五六年一〇月決算期までの間ほぼ毎期にわたって粉飾決算がなされていたこと及び粉飾にかかる決算書類は中村機械の代表取締役又は業務担当取締役によって業務執行の一環として作成されていたことは前記のとおりであるところ、債務者は昭和五〇年一二月から昭和五七年一一月まで中村機械の取締役の地位にあったのであるから、その間中村機械の取締役として中村機械において右のような粉飾決算がなされることのないように代表取締役等の業務担当取締役の業務執行を監視する義務を負っていたのである。右監視義務は、債務者が仮にその主張の如き名目的取締役であったとしてもその故に免れるものではない。

(2) しかるところ、債務者が中村機械において粉飾決算のなされていた事実を知っていたことを疎明するに足りる証拠はなく、かえって、《証拠省略》によれば、債務者は右事実を知らなかったものと一応認められるが、一般に、株式会社の取締役は、会社の業務執行を決定し且つ代表取締役等の業務担当取締役の業務執行が適正になされるように監視する義務と権限を有する取締役会の構成員であるから、通常の且つ誠実な取締役としてその職責を尽くすためには、会社の経営状況(ことにその損益状況)、資産状態をできるかぎり正確に把握していることが必要不可欠であり、そのためには取締役会に提出された資料を精査するのみならず、不断に会社の経営状況等に関する資料及び情報の収集に努め、場合によっては自ら取締役会を招集し又は取締役会の招集権限を有する取締役にその招集を求めて代表取締役等の業務担当取締役に業務執行の状況の報告を徴するなどすべきものなのである。しかるに、《証拠省略》によれば、債務者は中村機械の取締役の地位にあった間に一度として取締役会招集の通知を受けたことがなく、取締役会に出席したことがないこと(そもそも、中村機械において取締役会が正規に開催されていたかが証拠上明らかでない)、他方、債務者自らが取締役会を招集したり、代表取締役などの取締役会招集権限を有する者にその招集を求めたことはないこと、債務者は、専ら、中村機械の大阪事務所長として日本専売公社関西支社管内での営業活動を本社の指示を受けながら担当していたもので、中村機械の取締役としての立場にたって中村機械の経営全般について代表取締役その他の業務担当取締役に対し意見を述べたり、逆に経営状態を尋ねたりすることはほとんどなかったこと(わずかに昭和五六年秋ころ取締役の中村正之に対し中村機械の経営上のことで何か相談してもらいたい旨の要望をし、又昭和五七年初めころ専務取締役中村和之に対し大阪事務所の廃止を進言したが、いずれも聞き入れられなかったこと)が一応認められるから、債務者が中村機械の取締役の地位にあった間に取締役としての立場にたってその任務の遂行に意を用いた形跡は全くないといっても過言ではない。

したがって、債務者が中村機械の取締役の地位に就いてからほぼ五年を経過する昭和五五年一二月になっても中村機械における粉飾決算の事実を知らなかったのは、中村機械の粉飾決算が長期にわたって且つ相当多額にのぼっていたことにかんがみ、債務者が取締役としての前記監視義務を重大な過失により懈怠したことによるものと推認するのが相当である。

(3) ところで、債務者は、債務者の中村機械における地位や中村機械の経営体制のもとでは、債務者が代表取締役等の業務執行に影響を与え、その違法行為もしくは任務懈怠行為を阻止することは不可能であった旨の主張をするので、検討するに、債務者が前記監視義務を尽くしたこと等の理由により中村機械における粉飾決算の事実を知ったとしても、次の事情を考慮すると、債務者が取締役としての諸権限を行使することによって中村機械における粉飾決算を阻止しえたとはたやすく断じ難い。

すなわち、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が一応認められる。

(中村機械の株主構成、経営体制等)

中村機械は昭和四一年一一月に、中村義之がそれまでの個人営業を法人化するため、資本金二五〇〇万円、煙草製造用機械設備の設計施工などを目的として設立され、同人が設立当初から一貫してその代表取締役の地位にあった。

中村機械の発行済株式総数は設立当初から五万株(一株の額面五〇〇円)であるが、そのうちの約八五パーセントにあたる四万二八〇〇株を中村義之が所有し、同人の一族の者四名が所有する三二〇〇株をあわせると、中村一族の所有する株式は発行済株式総数の九〇パーセントを超え、且つ中村機械の取締役は常時六、七名を数えていたが、そのうちの二分の一以上(昭和五二年一一月以降昭和五七年三月までは過半数)は中村一族の者によって占められていた。そして、中村機械の経営の実権は代表取締役中村義之もしくはその実弟の専務取締役中村和之に掌握されていてほぼその専断するところであった。

中村機械は昭和五〇年代には本社及び工場を香川県木田郡庵治町に置き、東京、大阪及び鹿児島に事務所を開設し、日本専売公社及び日本国有鉄道を主たる取引先(受注先)とし、特に日本専売公社の指名業者として同公社の発注にかかる機械設備関係の製作据付工事等の業務が大半を占めていた(疎甲第七号証には、受注量の九五パーセントが日本専売公社からの発注である旨記載されている)。

(債務者の中村機械における地位)

債務者は昭和五〇年四月までは中村機械と同業者の株式会社村上製作所の常務取締役兼営業部長の地位にあったが、経営上の意見の対立から退社し、その後債務者のそれまでの経歴をかわれて、中村機械の取締役の一人から中村機械への入社を勧められ、同年六月、債務者の入社と同時に開設された中村機械の大阪事務所の所長に就任し、さらに、中村機械の取締役になるよう強く要請されてこれを承諾し、同年一二月から中村機械の取締役に就任した。

債務者は中村機械の取締役に就任後も大阪事務所長を兼務し、大阪事務所長として大阪に常駐し、日本専売公社開西支社管内の営業活動を担当し、本社の指示を受けながら入札などの業務に従事し、取締役として中村機械の経営上の重要な決定に参与したことはなく、又その機会を与えられたこともなかった。なお、債務者は、昭和五六年末当時月額四四万円(税込み金額)の給料を支給され、賞与として中村機械に在職中の約七年間を通じて二回合計一八〇万円(八〇万円と一〇〇万円)を支給されたことがあるが、右給与又は賞与に取締役としての報酬分が含まれていたかどうかは明らかでない。

債務者は中村機械の株式を所有したことはなかったし、中村機械に入社するまでは代表取締役中村義之とその一族の者との間には何のゆかりもなかった。

(粉飾決算の原因とその理由)

中村機械は昭和四一年一一月にそれまでの個人企業を法人化するために設立されたこと前記のとおりであるが、設立の際に資産を超過する負債を引き受け、債務超過部分を代表取締役個人に対する貸付金として処理した等のため、資金不足から設立当初より年商を上回わる多額の借入金を抱えることとなり、すでに昭和四二年一二月の第一回決算において未成一事支出金を水増しして資産計上して架空利益を稔出する粉飾決算をはじめ、以後も借入金の増加、合理化の遅れ、公私混同ともいえる役員貸付などが原因となってほぼ毎期にわたって欠損を続け、累積赤字を増大させていたが、主要な得意先である日本専売公社から受注するためには決算書類上に欠損を表現することはできないとの理由のもとに、前記(一)のとおり昭和五六年一〇月決算期までほぼ毎期にわたって粉飾決算を続けていた。

なお、中村機械は昭和五五年ころから経営内容が著しく悪化していたが、昭和五七年一月に取引銀行より新規融資を拒絶されるまでは、資金繰りも円滑になされており、経営の破綻が表面化することはなかった。

以上の諸事実によれば、中村機械は代表取締役中村義之とその一族の支配する典型的な同族会社であって、代表取締役中村義之もしくは専務取締役中村和之がその経営を専断していたものであり、且つ中村機械における粉飾決算はその企業体質に深く根をおろし、少なくともその経営の衝にあたっていた右取締役らにとっては、中村機械がその主得意先である日本専売公社からの受注を継続させ企業としての存続を図るためには不可欠の手段であるとの認識のもとに敢行されていたものということができるから、昭和五六年一二月までは中村機械の資金繰りが表面上は一応順調になされていた事実も考慮すると、株式を全く所有せず且つ中村機械を支配する中村一族と身分上の関係を有しない債務者が、一取締役として、中村機械における粉飾決算の事実を知ってこれを阻止するための行動(取締役の招集要求等)をとったとしても、中村機械の経営の衝にあたりその実権を握っていた代表取締役、専務取締役が債務者の右阻止又は是正行動を容れあるいは他の取締役が債務者の右阻止又は是正行動に賛同し、ひいては取締役会の多数意見を形成するなどして粉飾決算が阻止されたものとは到底推認し難く、かえってそのような余地は現実にはなかったものと解される。

してみれば、債務者が取締役としての職責を尽くすことによって中村機械の粉飾決算を阻止しえたことにつき疎明がないというほかないので、債務者が中村機械の粉飾決算を阻止しえたことを前提にして債務者がそのための行為をしなかったことをもって債務者の過失による任務懈怠ということはできないし、債務者が中村機械の粉飾決算の事実を知らなかったとの点に関する前記任務懈怠と本件損害の発生との間には、結局、相当因果関係がないというべきである。

したがって、中村機械の粉飾決算を理由にして、債務者に対し改正前商法二六六条の三第一項前段による責任を問うこともできない。

3  本件買い注文と債務者の責任について

債権者は、本件買い注文は支払い見込みのないものであったところ、債務者がそのことを知りながら、又はそのことを看過して本件買い注文を阻止しなかったのは、取締役としての任務を故意又は重過失によって懈怠した場合にあたる旨主張するので、検討する。

(一)  なるほど、本件買い注文が支払い見込みのないものであったとすると、債務者は本件買い注文のなされた当時中村機械の取締役の地位にあったこと前記のとおりであるので、そのような注文のなされることのないように中村機械の代表者の業務執行を監視し監督すべき職責を負うていたものというべきである(前記二、2、(三)参照)ところ、債務者が本件買い注文を阻止するための行為をとったことのないことは債務者本人尋問の結果によって明らかである。

(二)  しかしながら、仮に本件買い注文が支払い見込みのないものであって、これを阻止するのが取締役としての職責であったとしても、債務者が本件買い注文を阻止するための行為をとらなかったことをもって、債務者の故意又は重過失による任務懈怠であるというためには、中村機械が本件買い注文をすることを債務者において知りながら、これを阻止する行為に出なかった場合であるか、債務者が取締役としての監視義務を尽くしておれば中村機械が本件買い注文をすることを容易に知りえたのに、右監視義務を尽くさずに看過したためこれを阻止する行為に出なかった場合でなければならないというべきである(けだし、債務者において中村機械が本件買い注文をすることを知らなかったとすれば、債務者にこれを阻止する行為に出ることをそもそも期待しえないし、債務者が中村機械の取締役としての監視義務を尽くしても中村機械が本件買い注文をすることを容易に知りえなかった場合には、債務者の右不知をもって重大な過失ということができないからである)。

しかるところ、《証拠省略》を総合すれば、中村機械は煙草製造用の機械設備及び施行などを営業としていたが、同業者の東京施設が日本専売公社から受注した煙草製造関連機械の納入・据付などの請負工事の一部を東京施設から下請負し、その下請負工事のため本件機械二台を債権者から本件買い注文により買受けたこと、本件買い注文は、中村機械の本社から直接債権者に対してなされ、しかも、右下請負工事は債務者が大阪事務所長をしていた大阪事務所の所管でないため、債務者は右下請負工事及び本件買い注文には全く関与しておらず、本件買い注文の存在は本件仮差押決定後に始めて知ったこと、中村機械は右下請負工事によって本件代金債権(本件機械の売買代金債権)一四五五万円を超える一八四四万七二九〇円の債権を取得したことが一応認められる。

右によれば、中村機械が本件買い注文をすることは債務者において知らなかったことが明らかであるから、債務者において中村機械が本件買い注文をすることを知りながら、故意又は過失によってこれを阻止しなかったものということはできない。又、株式会社の取締役は、代表取締役等の業務担当取締役の業務執行全般を監視すべき職責を有するものがあるが(前記二、2、(三)参照)、右認定事実によれば、本件買い注文は中村機械の常務の一環としてなされたものと推認される上本件買い注文の内容・態様につき格別不自然な点のあることを窺わせる証拠もないのである。このように中村機械の常務に属する個々の取引であって、その内容・態様に格別に不自然な点の認められない本件買い注文がなされることについては、本件買い注文の経緯及び債務者の中村機械における担当業務にかんがみると、債務者が、仮に取締役としての監視義務を尽くしていたとしても、これを容易に知りえたものと解することはできないので、債務者において中村機械が本件買い注文をすることを知らなかったこと自体をもって重大な過失があるということはできない。

(三)  してみれば、仮に本件買い注文が支払い見込みのないものであったとしても、債務者において中村機械が本件買い注文をすることについて知らず、且つ知らなかったことにつき重過失がないのであるから、債務者が本件買い注文を阻止する行為に出なかったことをもって、債務者に取締役としての故意又は重過失による任務懈怠があるということはできないので、債権者の前記主張は他の点について判断するまでもなく採用し難い。

したがって、中村機械が支払い見込みのない本件買い注文をしたことを理由にして、債務者に対し改正前商法二六六条の三第一項前段による責任を問うことはできない。

三  結論

以上の次第で、本件仮差押決定の被保全債権たる、債権者の債務者に対する改正前商法二六六条の三第一項に基づく損害賠償請求権については、疎明がないことに帰し且つ保証をもって右疎明に代えるのも相当でないので、本件仮差押決定を取消して本件仮差押申請を却下することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長門栄吉)

〈以下省略〉

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